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アドベンチャー教育で「自己冒険力」を育む玉川学園の挑戦

~玉川アドベンチャープログラム(TAP)座談会~

日本の教育機関で初めて、敷地内に屋外のチャレンジコースを設立し、玉川学園(東京都町田市)が「アドベンチャー(冒険)教育」の哲学や手法を取り入れた体験学習を導入したのをご存じでしょうか。緑豊かなキャンパスを保有する玉川学園は2000年、全人教育研究所の中に「心の教育実践研究施設」を創設し、2015年に組織改編により、玉川大学TAP(Tamagawa Adventure Program)センターとして独立させました。そこから20年以上にわたり、自身で人生を開拓していく力である「自己冒険力」を備えた人材を輩出し続けています。

TAPセンターが目指すのは、自己や集団の理想や夢に向けて、“一歩踏み出せる”人材の育成です。その一例として、5メートルと8メートルの高所を、命綱をつけて8人までのチームで課題解決をしながら渡るなどのアクティビティを体験し、振り返りを通して学んでいます。さらには、ロープ片手に丸太の上を歩いたり、高さ10メートルのクライミングに挑んだり。アドベンチャー教育の要素を用いた非日常的体験の中で、目標を設定し、恐怖心や不安に向き合い、自己と対峙しながら仲間と助け合います。その結果、一つの目標に向かうチーム・ビルディングの過程を通じて、冒険する心を育み、信頼関係を深める中で自己と集団に変化を起こしていきます。

玉川学園では、幼稚部から大学院生までの子どもたちや学生がTAPの活動に継続的に取り組むだけでなく、大学ではTAPの手法や考え方を職場や実生活で活かすための専門教育を受けることができます。さらに、当初から外部プログラムとして、企業の新人研修やリーダーシップ研修、スポーツ団体のプロ・ジュニア向けアスリート研修など多彩なコースを設けており、リピーターは年々増加中です。例えば、株式会社東京ドームホテル(東京都文京区)やトヨタモビリティ東京株式会社(東京都港区)、東京都町田市を本拠地とするサッカークラブJ1リーグ「FC町田ゼルビア」などが人材開発・チームビルディングの一環として研修活動に取り入れ、その効果を実感しているようです。このように、キャンパス内に本格的なチャレンジコースを設置し、一貫教育の中で広くプログラムを実施しているのは玉川学園が国内唯一の機関といえます。
TAPセンター長である工藤亘教授と、スタッフを代表する川本和孝准教授、村井伸二准教授の3人の教員にTAPの魅力とその可能性について聞きました。

玉川のアドベンチャー教育
www.tamagawa.jp/introduction/history/detail_16173.html

<座談会参加者の紹介>

【工藤亘(くどうわたる)教育学部 教育学科 教授】

専門はコミュニケーション学、学校教育学。アドベンチャーや組織キャンプの理論をベースに、教師や体験学習に携わる指導者に必要な知識や技術、支導者(ファシリテーター)の役割について研究している。TAPセンター発足時から関わり、現在同センター長

【川本和孝(かわもとかずたか)TAPセンター 准教授】

専門は教育方法学(特別活動)、学級経営論。アドベンチャー教育における非日常的な活動を、小学校の学級活動などの日常へ応用することを目指している。集団・組織におけるリーダーシップ研修、学校教育における児童・生徒への授業及び教員・保護者に対する各種研修なども手がける

【村井伸二(むらいしんじ)TAPセンター 准教授】

専門は野外教育、環境教育、社会教育・生涯学習。キャンプなどの自然体験や野外活動を含めた野外教育が、人の心や体にどのような影響を及ぼすのかを検証中。アドベンチャー教育のルーツや中高年層への導入効果なども調査している

――まず、アドベンチャー教育について教えてください。
工藤「アドベンチャー教育はドイツの教育哲学者クルト・ハーンが提唱した概念で、世界中で実践されている人間教育の手法です。その中でも、玉川学園のTAPは、ハイリスク・ハイリターンで冒険的要素の強い、彼が創始した『アウトワード・バウンド(困難に向き合い、努力し、自らの力で成功体験を得る活動)』の理論と実践法を学校教育に応用した、プロジェクトアドベンチャー(PA)の手法を導入しています。屋外施設として学校の敷地内に命綱を使うハイチャレンジコースを設けたのは、当時、玉川学園が国内で初めてであり、現在でも学校・大学に常設されているPAのコースは、日本全国に数えるほどしかありません」

村井「その源流となる野外教育における冒険教育は、身体活動が主で、青年を強くするためにあえて危険を冒すといった側面もありましたが、理論哲学やチャレンジコースの安全性の発展とともに、アドベンチャー教育は医療分野や教育分野に導入されていきました。米国を中心に国際チャレンジコース学会が発足し、現在ではチャレンジコースの安全性がさらに進化してエンターテインメントやビジネスなどさまざまなエリアに広がっています。これらの歴史的背景を理解した上で、我々玉川学園のアドベンチャー教育は、時代の変化や多様性を踏まえ、より安全な環境の中でチャレンジしていくという独自性を打ち出しています」

――TAPは玉川学園の教育理念である「全人教育」を具現化する取り組みですね。

川本「まさにそうです。玉川学園では1970年代初旬に、体育の一環として、子どもの「冒険遊び場」(アドベンチャー・プレイグラウンド)という児童向けアスレチックコースのようなものを導入し、そこから段階的に拡充してきました。『無限大に広がる遊びを通じて、自分が不可能だと思っていることにチャレンジし、一歩踏み出すマインドを育ていく』という教育を、玉川学園では歴史的に大切にしてきたルーツがあります。その上で、2000年前後に学校教育において、いわゆる“詰め込み教育”から“ゆとり教育”への転換があり、体験的な活動を重視する『総合的な学習の時間』が取り入れられたことも、PAベースのTAPが生まれた背景にはあるといえます」

――アドベンチャー教育によって人はどう変わりますか。
工藤「成功するかどうか不確かなことにあえて挑戦し、人から強制されるのではなく、自分から踏み出す。それをアドベンチャーの定義だとすると、自分で選び、自身で人生を開拓していく『自己冒険力』を、プログラムを通して身につけていってほしい。その際、安心できる領域(Cゾーン)から緊張する領域(Sゾーン)、場合によっては、恐怖、うろたえる領域(Pゾーン)へと踏み出していくわけですが、途中でいったん戻ってもいいんです。自分のタイミングで出たり入ったりしながら、トライ&エラー&ラーンを繰り返して我々は成長していきます」

――日本全国に数あるアスレチックコースとは全く別物なのですね。
村井「アスレチックコースでは、インストラクターが遊具などの使い方を教え、安全は確認しますが、基本的には利用者が自由に楽しむという形式です。一方、TAPでは、支導者(ファシリテーター)が参加者の目標に合わせて体系的に支援し、介入しながら振り返りを促し、その結果を活用することで、学習や成長を促進するといった役割を果たすことが大きな違いですね」

工藤「TAPは非日常体験であり、ある種の“比喩の場”です。そこにはユーモアがあり、失敗を笑い飛ばせるプログラムがあります。座学の研修ではなかなか体験できないことだと思います。体を使い、心も遣って、仲間の失敗をカバーし、ときに笑い飛ばしながら、苦しいときも葛藤しつつチャレンジしていく。そうしたことが起こりやすい仕掛けを作っています。プログラムをどう展開するかは、メンバーやチーム状況を観るファシリテーターの観察力や判断力、力量にかかっているのです」

――玉川大学では授業でもファシリテーションを学べますね。
工藤「はい。例えば教育学部では、新入生全員へのTAP研修をはじめ、2-4年生のTAPインターンシップ、体育会・文化会でのリーダーシップ研修といったTAPを体験します。教育学研究科や教職大学院では、体験学習やアクティブ・ラーニングによって、教育現場におけるTAPの意義やファシリテーターの役割を学び、試験の合格者には『学級ファシリテーター資格』を授与しています。大学では『TAP体験会』なども実施していますね。また、玉川学園独自の資格として、TAPファシリテーター育成のための授業を履修し、試験に合格した学生に『TAPリーダー』資格を与えています。優れたコミュニケーション、ファシリテーション能力を持つリーダーとして、学校教育や社会教育の場、企業などで活躍してくれると期待しています」

――企業研修にはどのようなニーズがありますか。
川本「一例として、リーダーシップ研修、自己肯定感・自己効力感などいわゆるセルフマネジメント能力の育成ですね。社員がすぐに辞めてしまう、怒られると落ち込んでしまうといった声はよく聞きます。ほかにもモチベーションのコントロール、業績改善に向けた目標設定の仕方、合意形成のあり方など、キーワードを挙げればきりがありません。業種特有の“アンポータブルスキル”はTAPでは教えられませんが、業種や職種が変わっても持ち運べる“ポータブルスキル”、例えば、コミュニケーション能力などの非認知能力は、アドベンチャープログラムを通じて養うことができます。それによって組織風土を変革していきます。マニュアルはありません。企業なら組織、学校なら学級の状況に合わせ、すべてオーダーメードでプログラムを作っています。実際の活動内容は同じでも、ビジネス、スポーツ、学校教育と、それぞれで使う学術的根拠や学問領域が異なるのも面白いところですね」

川本「自分を知れたとおっしゃる方は多いですね。皆さん、自分に自信がないこともあり、自分のことを知りたがっているようです。他者からのフィードバックを借りながら、自分の強みを分析し、自身の枠を広げていく。その結果、『どうせ自分はダメだ』から、『自分もやればできるかもしれない』というようにマインドセットが変化していきます。そうした言葉を聞けるのはうれしいですね」

――効果などは測っているのでしょうか。
川本「TAP導入の効果測定は、前提として、さまざまな環境要因を取り除いた上での追跡調査が非常に難しいという問題があります。企業研修などでは、プログラムを終えた後の調査では、皆さん高揚し、達成感に満ちあふれているので、学びが大きかったという感想をいただくことがほとんどなのですが、効果を可視化することが今後の課題だと考えています」

工藤「玉川学園での調査では、例えば、小学5年生がTAPの実践により『規範』を守る意識が向上したり、高校2年生の授業にTAPを導入した際に『信頼関係』が向上したりといったデータが出ています。また、現在は玉川大学の脳科学研究所と共同で、唾液中のオキシトシン濃度を測定し、TAP活動の前後で変化があるかどうかを調べる実験を進めているところです」

――今後の展望をお聞かせください。
工藤「2020年に教科書となる『アドベンチャーと教育』、2024年に図解で分かりやすく解説した『図解 玉川アドベンチャープログラム(TAP)を通したチームづくりの基礎』を出版しましたが、アドベンチャー教育は今後もさまざまなアプローチが開発されていくと思います。企業も今は新人研修が多いですが、マネジメント層にも是非体験していただき、正解が一つではない時代に、失敗してもいいから挑戦してごらん、と部下に言えるような組織づくりを目指してほしいですね。一方、玉川大学では学生のTAPリーダー資格者をさらに増やしていくほか、新任教員だけでなく、現教員にもTAP研修を取り入れていきたいと考えています。我々も“井の中の蛙”にならぬよう、これからもアドベンチャーをし続けていきます」

村井「コロナ禍で若者のコミュニケーション能力が低下したとのデータがあります。このような現代において、あらゆる組織でTAPを導入する意義は大きいと考えています。今年2月、TAP活動のフィールドワーク授業の一環で、玉川大学の北海道弟子屈農場にて大学生が参加する4泊5日の野外体験教育プログラム冬季演習を実施しました。真冬の北海道で、悪天候の中、さまざまなトラブルに見舞われながらも、学生たちはそれぞれ自然体験を楽しみ、大きく成長したように感じました。玉川学園は20年以上、アドベンチャー教育を通して学生を育ててきましたが、彼らは今、中高年層に差し掛かっています。人生100年時代、アドベンチャー教育の経験が記憶に残っている彼ら、彼女らにもう一度、TAPを経験してもらいたい。そのために、卒業生が帰って来られる、さらにはアドベンチャー教育をどこかで体験したことのある中高年層が参加できるような教育システムを作りたいと思っています」

川本「企業は時代の流れの中で変化せざるを得ない部分があると思いますが、それに対して、学校の変化は遅れています。今、学級経営で悩んでいる先生方が多くいます。一度は崩壊してしまった学級でも、先生と子どもたちがTAPの活動によってもう一度向き合うことは可能だと思っているんです。学校の立て直し、教育の立て直しがTAPで実現できると考えています。私は日本式教育の輸出の一環で、海外でも講演させていただく機会がありましたが、テロではなく、戦争でもなく、『対話』によって平和な未来を作っていく。そのためには、話し合いで解決できる教育から変えていく必要があります。今、まさにそれは舞い戻って、日本にも同じことが言えるのではないでしょうか。学校は楽しい、その先に『生きるって楽しい』がある。教師も子どもも、『あなたは、あなたが思っているよりも素敵なんだよ』と実感できるようなマインドを、TAPを通じて育んでいくことが大きな命題です」

関連情報
○TAPセンター
tap.tamagawa.ac.jp/

○心の教育TAP
www.tamagawa.jp/education/tap.html

○科学するTAMAGAWA TAPチャレンジコースに日本初の「チームチャレンジコース」登場!
www.tamagawa.jp/education/dream_uni/detail_15620.html
以上

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