〜子宮上皮のサイトカイン受容体を起点とした制御機構〜
麻布大学獣医学研究科動物応用科学専攻の並木貴文博士課程後期大学院生(研究当時、現:京都大学iPS細胞研究所 博士研究員)、同獣医学部 野口倫子准教授、村上裕信講師、寺川純平講師、伊藤潤哉教授、柏崎直巳教授らの共同研究グループは、遺伝子改変マウスを用いた解析により妊娠の成立に重要な胚着床の機構を明らかにしました。また本研究は、かずさDNA研究所(長谷川嘉則博士、小原収博士)および金沢大学(大黒多希子教授)との共同研究です。
ヒトをはじめとした哺乳類では、卵管で受精した後、受精卵(胚)は子宮にたどりつき子宮内膜に着床します(胚着床)。胚着床にはサイトカインによる炎症反応が重要な役割を担うと考えられていますが、その詳細な機構は分かっていませんでした。本研究グループは、子宮の上皮で特定のサイトカイン受容体の遺伝子機能を欠損したマウスを作製し解析を行いました。その結果このマウスでは、胚を受け入れるための子宮の機能的な変化が起こらず、不妊となってしまうことを明らかにしました。
本研究成果は、英国の学術誌「Scientific reports」に2023年1月16日付で掲載されました。
<図:本研究で明らかにした胚着床機構のモデル図>
<研究のポイント(本研究で新たに分かったこと)>
子宮の上皮細胞でインターロイキン6(IL6)ファミリーサイトカインの受容体(Gp130)を欠損したマウスでは、胚が子宮に接着できず、胚着床不全を伴う完全な不妊となることが明らかになりました。
Gp130を子宮上皮で欠損したマウスの子宮では、シグナル伝達の異常により、胚着床に向けた機能的な変化が起こらないことが明らかになりました。
子宮の上皮細胞から生じるGp130を介したシグナル伝達が胚着床に必須であることが明らかになり、今後の不妊症の原因究明や治療法の開発への応用が期待されます。
<背景と目的>
ヒトの不妊症や畜産動物の受胎率の低下が大きな社会問題となっていますが、有効な診断法や治療法の確立には至っていません。体外受精や顕微授精等の技術を用いて作製した受精卵 (胚)の約40〜80%は受胎できないことが報告されており、受胎率向上のためには、母体側の環境を妊娠に適した状態へと整えることが重要です。
胚着床は、子宮に到達した受精卵(胚)が子宮内膜の上皮細胞に接触し、その後接着因子により上皮と接着する過程を経て成立します。また、ヒトやマウスでは、その後胚が子宮内膜に浸潤する過程へと続きます。胚着床の過程は、卵巣から分泌されるプロゲステロン(いわゆる黄体ホルモン)とエストラジオール(いわゆる女性ホルモン)の2つのホルモンの作用によって誘起されます。これらのホルモンは、サイトカインなどの分泌を促し、炎症反応を引き起こすことで胚着床を成立させると考えられていますが、その詳細な仕組みは分かっていませんでした。研究グループは、子宮の上皮細胞でインターロイキン6(IL6)ファミリーサイトカインの受容体(Gp130)遺伝子を欠損したマウスを作製し、胚着床に与える影響を検討しました。
<結果と考察>
子宮の上皮細胞でインターロイキン6(IL6)ファミリーサイトカインの受容体(Gp130)を欠損したマウスでは、胚着床に向けた子宮の形態学的な変化は起こるものの、胚接着の不全による完全な不妊となることが明らかになりました。Gp130を子宮上皮で欠損したマウスでは、下流のシグナル伝達が正しく行われず、子宮でのホルモン応答性の低下、免疫細胞の子宮内膜への浸潤、上皮細胞の胚接着に向けたリモデリングの異常が認められることが明らかになりました。
これらの結果から、子宮上皮に存在するGp130を起点としたシグナル伝達が、胚着床の成立に重要であることが示唆されました。本研究結果は、ヒトや産業動物における胚着床機構の解明につながり、不妊症の原因究明に役立つと考えられます。
<掲載論文>
掲載誌:Scientific Reports
論文リンク: www.nature.com/articles/s41598-023-27859-y
原題:Uterine epithelial Gp130 orchestrates hormone response and epithelial remodeling for successful embryo attachment in mice.
和訳:子宮上皮のGp130がホルモン応答性と上皮のリモデリングを制御し、マウスの胚接着を成功させる
責任著者:寺川 純平(獣医学部比較毒性学研究室)
伊藤 潤哉(獣医学部動物繁殖学研究室、ヒトと動物の共生科学センター)
<参考情報>
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