2017年7月、富士通ではデジタルイノベーターと呼ばれる新しい職種を設置した。これはデジタルビジネスの専門家集団で、顧客と一緒に新期の開発やデジタルイノベーションを加速することを目的としている。この部署にはイノベーションを創出し、事業化をまとめる「プロデューサー」、課題のヒアリングからニーズを引き出し、アイデア出しなど新しいことを創り出す提案を行う「デザイナー」、そしてこのアイデアをテクノロジーでカタチにする「デベロッパー」の役割の人材が所属している。デジタルイノベーターは、クライアントの課題に対して従来のSIとは違ったアプローチをとることが特徴だ。これまでの富士通のビジネスの主流であったSIでは、要件は顧客が出し、それに対してシステムを開発し提供するというものだった。しかし、デジタルイノベーター は課題を見つけるところから担当者が現場に入り、顧客と一緒に仮説・検証を高速に行っていく。従来のウォーターフォール型とは対照的にアジャイル開発、リーンスタートアップの手法を用いるのが特徴だ。
富士通フォーラム2018のカンファレンス「ともに考え、ともにつくる」(2018年5月17日)では、デジタルイノベーターの取り組みの中から、自治体の地域の課題解決を支援した事例が紹介された。その中から本記事ではデザイナーである2名の女性の事例を紹介する。これらは一般社団法人コード・フォー・ジャパンが提供するプログラムを活用したもので、企業の社員が3ヶ月間、週1、2回ほど自治体の中で職員として働き、地域の課題を市民や大学などの関係者を含めて共同で解決することを目指すというものだ。
サービス受益者に真に役立つプログラムの開発を支援
デザイナーの高岸由佳子氏は神戸市企業立地課に派遣された。企業立地課ではスタートアップ支援として、起業志望の学生20名を米国シリコンバレーに派遣して現地の企業や投資家と交流するプログラムと、スタートアップと共同で社会課題を解決するプログラムを実施している。セッションでは主にシリコンバレー派遣プログラムに関する活動について紹介があった。
「最初、神戸市から解決すべき課題の提示はなかった」と高岸氏は話す。シリコンバレー派遣プログラムは既に4回実施しており、訪問先の企業も決まっている状態だった。ある神戸市職員の「このプログラムは本当に起業を後押しする内容になっているのかな?」という疑問の声から、高岸氏は「学生の心を動かし、起業を後押しするようなコンテンツを」との想いで、プログラムの開発に取り組んだ。
企画段階のプロセスでは「当初想定していたものを、企画を進めながら変えていった」と高岸氏は話す。訪問先の開拓から現地でのプログラム内容の調整を行う過程で、神戸市職員の意見や自分とは違う立場の人の視点からの意見、また訪問先からの「学生向けなら、こういう内容が良いのでは?」というアドバイスなどを取り入れ、企画内容の改善を職員と一緒になって進めた。その結果、同プログラムでは初めてとなるNGO訪問を含め、米国富士通の研究員による課題解決の手法、Airbnbでの企業ビジョンについての学びなどを提供するプログラムが実現。
参加した学生たちは、Airbnbのサービスを利用するホストとゲストが同社のビジョンに賛同し、サンフランシスコ市の条例を変更させる動きに発展している話から、企業ビジョンの重要性を学んだ。また、テクノロジーを使って社会課題の解決を目標として活動しているNGO:benetechを訪問。訪問前の学生たちの期待はあまり高いものではなかったが、アメリカ全土を巻き込んで障害者を支援するなど、社会的に大きなインパクトがある活動に取り組んでいることを知り、学生たちは大いに刺激を受けた模様。
「そこで働く人たちのパッションやビジョンが、企業にとって重要なエッセンスであるということを教えてもらえたのではないか」と高岸氏は話す。
鎌倉市よくするための手法の開発を支援
同じくデザイナーの中井真莉子氏は鎌倉市政策創造課に派遣された。「オープンデータの活用」という課題が提示されていた中井氏は派遣される前に計画を立てていたが、実際に職員たちと話すなかで「事前に立てた計画はあまり意味がないことに気がついた」と話す。「まず鎌倉をよく知らなければ」と考え、様々な活動に参加し、職員や市民との会話を通じて2つの課題テーマを設定した。
1つ目は、「庁内データの活用」だ。これは、都市整備部公園課に市民から寄せられた問い合わせ内容をExcelで管理していたが、十分に活用されていないという現状に対し、問い合わせ推移をグラフ化し、地域毎の頻出キーワードのランキング化などを行った。その結果、「今まで肌感覚で感じていたことがデータで裏付けできた」という声が職員から聞かれるようになった。これを更に進め、市民からの問い合わせを活用できるデータとして蓄積できるフォーマットを開発し、提案している。この提案は評価され、公園課だけでなく都市整備部全体で活用する研修が実施され、また実際にもこのフォーマットの活用が始まっていると、政策創造課の竹之内直美氏から報告があった。
2つ目のテーマは、市民ニーズの把握という課題から「描く手法の展開」だ。
これまで職員が市民ニーズを把握する際に、「声の大きい人の意見が目立ちがちである」「要望が多くなりがち」という悩みを抱えていた。そこで中井氏は、感情からニーズを把握するためにエモグラフィックの活用を提案。まず職員に体験してもらい、鎌倉市専用のテンプレートを作成。その後実際の市民へのヒアリングの場で実地検証を行った。その結果として市民の意見を広く、偏りなく把握できる成果があった。またシニア就労支援ではグラフィックレコーディングを用いた対話を提案し、専用のヒアリングシートの作成を行った。グラフィックレコーディングは、今回のフォーラムのセッションでも実演されたもので、会話内容をイラストを用いてまとめることで、誰が見ても内容を把握できるようにした記録だ。
これらの成果、データ活用や現状把握のための可視化手法の展開は、中井氏の派遣終了後も鎌倉市の業務の中で取り入れられ、また適用業務も拡大の方向にある。自治体のミッションである地域課題の解決を実現するための新しい手法が、自治体・民間の共創によって生み出された例といえる。
共創により、短期間で、新しい価値を生み出す
本セッションを通じて報告された事例で共通して聞かれた声として「職員と机を並べ同じ目線で一緒に考える」、「今までの受託と委託とは違った関係」、「仮説・検証を高速に回す」がある。また、いずれも本当の課題は何なのか?が明確ではなく「仕様書が書けない」状態で、「新しいものを創り出す」という結果を求めての活動だったと言えるだろう。
派遣期間が3ヶ月と決まっていることもあり、結果を出すためには否応なく業務のスピードを上げなければならない。いずれもアジャイル、リーンスタートアップの手法により、それぞれ結果を出したわけだが、従来のウォーターフォール型のアプローチの場合はどうだったか。また、これまでのような請負型の契約形態であれば、発注側と受注側に分かれていた当事者が一緒に考え、検証し、修正し、目標に向かって走ることができただろうか。
自治体の職員と一緒に考えるということについて高岸氏は「初めての体験だったが、視野がすごく広がった。本当に困っていることは何なのかを一緒に考えることができた」と自身にとっての成果も感じている。また、中井氏は「仕事を共にしている感覚があった。その中で鎌倉市のために何かしたいと自然に思うようになった」と話している。
また、それぞれ現地での様々な活動に職員と一緒に参加した写真も紹介されていたが、受け入れた自治体の職員たちも「同じ職場の仲間」という感覚で二人と接していた姿が見て取れる。
このような経験から、高岸氏は「新しいイノベーションを起こしたい。他社や自治体とひとつのチームとして、ひとつのものを完成させることをやりたい」と、中井氏は「地域に関わってその地域を良くしていく活動に興味がある。デザイン思考の考え方や仮説・検証を素早く回すといった手法などで自治体に新しい風を運ぶことをやりたい。」と今後の抱負を語った。